ピアニストの恋ごころ
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創作男女/178頁文庫 25歳ピアニスト×17歳女子高生。 予め住む世界の違う二人が緩やかに奏でる、ゆるやかでかけがえのない日々。 WEB再録+書き下ろしの連作短編。2014年に発行した初版に加筆修正と書き下ろしを加えてリニューアルした第二版です。 お互いさん付けで呼び合う恋人たちの淡い恋模様と学校生活、女の子の友情。 スピンオフは主人公の親友と彼女の恋人の話。
シリウスからは遠く離れて
「えー、行っちゃ駄目なの?」 不満げにそう漏らす荘平さんを前に、ぴしゃりとはねのけるようにごく淡々と私は答える。 「そもそも親族以外立ち入り禁止ですよ」 「従兄弟って事にすればいいじゃない、俺も昔そうしたよ?」 「呼んだ方? 呼ばれた方?」 「呼ばれた方だねー。その昔、桐緒さんと同じくらいの頃」 緊張したよね、女子校だったもんで余計に。時折そうするように、どこか眩しげに瞳を細めるようにしながら荘平さんは言う。 「でもさ、行ってみたら同じように所在なさげにうろうろしてるのがいっぱい居て。あの何割が本物の親族だったんだろね」 「だからって言っても」口ごもる私を前に、ニヤリと笑いながら荘平さんは答える。 「あ、もしかしてヤキモチ?」 「過去に遡って嫉妬出来るほど器用じゃないですよ」 答えながら、私は不器用にそっと目を逸らす。 文化祭シーズンともなると、普段から騒がしい学内はいつもに増して、ますます騒々しさを加熱させていく。クラス内の出し物とは別でクラブ活動の発表の練習に明け暮れる者、指導の為にと各部活を訪れるOBの面々、演劇の台詞に呼び込みの発声練習、そこに合唱の歌声と吹奏楽部と軽音部の演奏とが混ざり合った末に生まれる何ともいえない不協和音。 生徒たちによる生徒たちの為の、皆で作り上げる一年に一度だけのお祭り。このムード自体は、決して嫌いではないのだ。問題は、別件にある。 「ねえねえミツキちゃん来んの? 来んの? プリでしか見た事ないけど超可愛いじゃん、実物見たいんですけどー」 「やっぱり末永くんに告白する! ねえ、ミッコたちも協力してよね? いいでしょ? 約束だもんね?」 「北高の招待券回してくれるって話だったじゃん、あれどうなってんの? 忘れてないよね? えっ、二枚? 三枚って話だったよね?」 「ね~お願いだから店番の時間変わってよ、Bグループじゃ久保田と離れちゃうじゃん。せっかくのチャンスなのにさ~」 ほうぼうで好き勝手に思惑を巡らせる者、様子を伺う事で出方を探っているのか、いつも以上に神経質に聞き耳を立てる者、蚊帳の外と言わんばかりに、いつもと変わらぬ雑談に花を咲かせながら淡々と作業に励む者。年に一度のお祭りを誰とどんな風に過ごすのか。もうふた月と少しもすれば年末最後の一大イベント・クリスマスが控えている事もあいまってか、学内の話題がいつもに増して色恋沙汰で埋め尽くされるのは最早恒例行事だ。 「まぁ、どうせ回るなら誰か好きな相手との方がいいもんね。調達済ならそれでいいけど、居ないなら慌てて内外で見繕ってくるしかないってのはあるし」 「確かにそうかもしれないけど、ね」 飾り付け用の折り紙を切る手を休めないまま、マキちゃんは言う。 「まぁ桐緒は余裕だもんね、その点。呼ばないんでしょ?」 「来たがってたので丁重にお断り致しました」 「まぁ、お気の毒に」 「思ってもないこと、言わないでくれます?」 思わず口を尖らせるようにしてそう答えながら、私は型にそって、大小の星形の印を折り紙につけていく。 「そういうマキちゃんはどうなの、呼ばないわけ?」 「来ても仕方ないから来るな、とは言ってるけど」 「会ってみたかったのになぁ」 「家族ならあるじゃない、会ったこと。また泊まりにくる?」 「……そうじゃなくて、その」 誘導尋問のつもりで仕掛けたそんな問いかけは、またもや軽々と遠ざけられてしまう。 「まぁ、やることやってくれるんならその辺はご自由にって感じかな。めんどくさいことになんなきゃね」 「こじれたら面倒だから、ね」 いつぞや噂に聞いた、体育祭の準備中に委員の間で起こったという三角関係のもつれによる騒動がふと、頭の片隅によぎる。(真意のほどは確かではないけれど) 「関係ないけどね、こっちには」 「……だったらいいけど」 どこか意味深にも聞こえるマキちゃんのそんな言葉を、ぼんやりと聞き流していたその時だ。 「久瀬、ちょっといい?」 促されるようにそっと視線を上げれば、見慣れたクラスメイトの顔がそこに映し出される。 「井田くん、どしたの?」 「開田先生のとこ行かなきゃいけないからさ、つきあってくんない? 当番だったじゃん、今週」 「いいけど……」 「日生ごめん、ちょっとだけ借りるわ」 「延滞料金は高くつくんで、そのおつもりでどうぞ?」 ガタリと音を立てて席を立つその傍らでは、井田くんとマキちゃんが軽妙なやりとりに花を咲かせていたりする。 「じゃあま、お気をつけて」 「すぐ戻るから、また」 ひらひらと手を振るその姿に見守られるような不思議な心地を感じながら、私は連れられるままに、教室を後にする。